AIでETSのKNXプロジェクトを組む — 2026年10月時点でできること、できないこと

KNXバスにつながる機器と建物構造のツリー、AIアシスタントの画面を線で結んだ概念図

ETSで時間を食うのは、設定そのものではない

KNXの案件で工数を押し上げるのは、機器の選定でも結線でもありません。グループアドレス(GA)の体系を決めること、名前を最後まで統一すること、そしてコミュニケーションオブジェクトをGAにリンクしていく作業です。デバイスが100台を超えたあたりから、この3つが一日仕事になります。

先に結論を書きます。2026年10月時点で、AIに任せられるのは「構造の下書き」「命名の統一」「抜け漏れの検査」の3つです。任せられないのは「製品固有のパラメータ設計」「鍵とライセンスの扱い」「バスへのダウンロード」です。この線引きを外すと事故になります。

本記事はETS6(6.4以降)を前提に書いています。ETS5は2025年末でサポートが終了しました。

ETSの9工程を時系列で並べ、建物構造の作成・グループアドレス設計・リンク・命名の統一・抜け漏れの検査をAIに任せられる作業、新規プロジェクト作成とライセンス・パラメータ設計・バスへのダウンロード・現地試運転を人間が担う作業として色分けした図
ETSの工程のうち、AIに任せられる範囲と人間が担う範囲。番号は作業の順序。

2026年、KNX協会はどこまで進んだか

公式の動きを先に押さえます。温度感を正確に言うと「下地はできたが、本体はこれから」です。

ETS 6.4で入った実務機能

ETS 6.4.0は2026年2月25日にリリースされました(Build 8658)。AIそのものではありませんが、手作業を減らす機能が入っています。

  • Multi Linking — Altキーを押しながらドラッグすると、複数のグループとオブジェクトを一度にリンクできます。一つずつ繰り返していた作業が1操作で終わります。
  • Room & Function列 — グループアドレスのビューに部屋と機能の列が出るようになりました。
  • Auto Backup to Archive — プロジェクトを閉じるたびに、アーカイブへ新しいバージョンが自動で作られます。後述する「AIに作業させる前のバックアップ」はこれで担保できます。
  • Download via Serial Number — シリアル番号によるダウンロードが既定になりました。

「Smart Linking Ready」は予告であって機能ではない

ETS 6.4のカタログには、緑のデバイスアイコンが付いた製品が現れました。これが「Smart Linking Ready」です。KNX協会の説明では、これは今後のSmart Linking機能に対応する製品であることを示す印で、Smart Linking本体はまだ提供されていません。建物のレイアウトから論理的な接続を提案する、という構想が語られている段階です。

KAI(KNX AI)Builderは展示段階

2026年3月のLight + Building 2026で、KAI Builderが披露されました。平面図を解析して、ETS内にオートメーションの配置を提案するAIツールです。ただし現時点で、一般提供の開始日・対象ライセンス・価格はいずれも公表されていません。「展示された」以上のことは書けない、というのが正確なところです。

KNX協会のロードマップでは、AIをエコシステムに不可欠なものと位置づけ、パートナーに今から試すよう促しています。ETSについては3年の計画があるとされていますが、具体的なバージョン名や時期は示されていません。

では、今日は何が使えるのか

公式のAI機能を待たなくても、方法は2つあります。

ツール早見表(2026年10月時点)

ツール提供元動作場所できること書き込み
Multi LinkingKNX協会ETS内Altドラッグで一括リンク(AIではない)○
Smart LinkingKNX協会ETS内AIによるリンク提案(構想段階)未提供
KAI BuilderKNX協会ETS内平面図からオートメーション配置を提案未確認(展示のみ)
KNX-MCPGerald Docenko(KNX Member)ETS App開いているETSプロジェクトをAIクライアントから操作○
ETS Power EditorHaar-InformatikETS App書類からの一括投入、AIコネクタによる編集○(有償ティア)
nickol-knx-mcpオープンソース(MIT)ETS外.knxprojの解析・検証、GAのXML/CSV生成×(読み取りのみ)
汎用のAIアシスタント—ETS外GA体系の設計、CSVの生成、命名の整理×(インポート経由)

ここで出てくるMCP(Model Context Protocol)は、AIアシスタントと外部ツールをつなぐための共通の約束事です。ETS App側がMCPサーバーになり、AI側がクライアントとしてつなぎます。Claude(Anthropic社のAIアシスタント)やその他のMCP対応クライアントが接続先になります。特定の製品でなければ動かない、という仕組みではありません。

注意点をひとつ。 KNX-MCP、ETS Power Editor、nickol-knx-mcpはいずれもKNX協会の製品ではありません。KNX Online Shopで配布されているものもありますが、当社としての動作保証はできません。導入は各自の判断でお願いします。

方法A:ETS外でAIが設計し、インポートで持ち込む

ETSの外で設計データを作り、ETSに取り込む進め方です。ETS Appを入れずに試せるので、最初の一歩に向いています。

  1. 平面図、設備リスト、命名規則をAIに渡します。
  2. AIが建物構造(棟・階・部屋)、機能一覧、GA体系、DPTを表にまとめます。
  3. AIがETSインポート用のGAファイル(CSVまたはXML)を生成します。
  4. 人間がETSで新規プロジェクトを作り、GAをインポートして目視で確認します。
  5. デバイスの追加、パラメータ設定、リンク、ダウンロードはETSで人間が行います。

実務のコツ。 CSVの列構成をAIに想像させないでください。ETSで手作業のGAを数件だけ作り、それをCSVにエクスポートして、そのファイルをAIに見せます。「この列構成に合わせて残りを生成して」と頼めば、形式の食い違いでインポートに失敗することがなくなります。

GA体系の例を挙げます。説明のための一例で、現場の慣行に合わせて変えてください。

階層割り当て例
メイン(0〜31)機能カテゴリ1=照明、2=ブラインド、3=空調
ミドル(0〜7)階1=1F、2=2F
サブ(0〜255)部屋・系統ごとの通番11=執務室A スイッチ、12=執務室A ステータス

スイッチのGAとステータスのGAを必ず対で採るところまで決めておくと、後述する検査が効きます。

この方法が向く場面 — 命名規則の統一、大規模案件のGA設計の下書き、既存プロジェクトの監査。

オープンソースのnickol-knx-mcpは、この方法を支援するツールです。.knxprojを読み取り専用で解析し、命名・構造、DPTとサブDPT、ステータスオブジェクトの欠落、トポロジー、KNX Secureの状態などを検査して、Markdownのレポートを返します。出力はETSにインポートできるGAのXML/CSVのほか、Home Assistant用のYAMLや引き渡し用のパックです。修正は提案にとどまり、自動では適用しません。バスに接続するためのライブラリをそもそも持たない設計で、公開ベータの段階です。

平面図・設備リスト・命名規則をAIアシスタントに渡してグループアドレス一覧を作り、CSVまたはXMLでETS6にインポートし、人間が目視確認する流れを示した図
方法A:ETSの外で設計し、CSVまたはXMLでインポートする流れ。

方法B(推奨):人間がプロジェクトを立ち上げ、以降をAIが操作する

こちらが本命です。MCP対応のETS Appを入れると、AIがETSで開いているプロジェクトを直接扱えます。エクスポートとインポートの往復がなくなる分、作業が速くなります。

  1. 人間がETS6で新規プロジェクトを作成します。 プロジェクト名、GAスタイル、トポロジー、KNX Secureの設定、使用製品のカタログ取り込みまで。ここは判断とライセンス認証が要るので人間の仕事です。
  2. MCP対応のETS App(KNX-MCPなど)をインストールし、対象プロジェクトでMCPを有効にします。
  3. AIクライアント側に接続設定を入れます。最初のセッションは読み取り専用モードで始めてください。
  4. 建物構造の作成、デバイス配置、GAの作成、リンク、命名の統一を指示します。1ステップごとにETSの画面で結果を確認します。
  5. プロジェクトの検査(未リンクオブジェクト、命名ゆれ、ステータスGAの欠落)を依頼し、修正案を確認してから適用します。
  6. パラメータの最終確認、バスへのダウンロード、試運転は人間がETSで行います。

KNX-MCPの安全設計は押さえておく

KNX-MCPはETS5(5.7以降)とETS6に対応したETS Appで、2026年10月時点ではKNX Online Shopから無償で入手できます。公式のETS SDKを使ってプロジェクトを読み書きします。実務で効くのは、次の作り込みです。

  • ツールごとに「許可」「確認を求める」「ブロック」を設定できます。
  • プロジェクト単位の読み取り専用モードがあります。
  • AIによる変更は、名前の付いたETSのUndoステップとして積まれます。気に入らなければ戻せます。
  • デバイスへのプログラミングは既定でブロックされています。
  • MCPのエンドポイントは既定で127.0.0.1にバインドされ、同じPCからしか届きません。ネットワークへ開く場合はアクセスキーが必要です。

エンドポイントは平文のHTTPです。社内LANであっても、必要がなければ外に開かないでください。 リモートから使う必然性があるなら、VPNの内側に限定するのが前提です。

もうひとつの選択肢がETS Power Editor(Haar-Informatik)です。こちらはスクリプトエンジンとAIコネクタの2本立てで、数量表や盤図といった手元の書類を読ませてプロジェクトに反映させる、という設計です。ローカルで動くMCPサーバーを持ち、Claude Desktopなどから接続できます。読み取りと検索は無償で、書き込みを含む利用は有償のサブスクリプションです。こちらも既定は読み取り専用で、書き込みの前に確認を求めます。

AIへの指示文(プロンプト)の例

どの指示も「先に一覧を見せる → 人間が承認 → 適用」の形にしてください。 いきなり変更させないことが唯一の事故防止策です。

このプロジェクトの全デバイスの名前を「階_部屋_機能」の形式に統一してください。まず変更前と変更後の一覧を表で出してください。私が承認するまで、プロジェクトは変更しないでください。

リンクされていないグループオブジェクトを一覧にしてください。既存のグループアドレスの命名規則から推定される接続先を、根拠とあわせて提案してください。適用はまだしないでください。

照明のスイッチGAに対して、対応するステータスGAが欠けている箇所を探してください。不足分の一覧と、採番するGAの案を先に見せてください。承認後に作成してください。

一度にまとめて頼まず、1つの指示につき1つの作業にします。結果をETSの画面で確認してから次へ進む。これだけで、戻れなくなる失敗はほぼ防げます。

読み取り専用で確認、AIが変更前後の一覧を提示、人間が承認、適用、の4ステップとETSのUndoで戻せることを示した承認フローの図
方法B:読み取り専用で始め、一覧を確認して承認してから適用する。

AIに任せない範囲

ここは線を引いておきます。

1. 新規プロジェクトの作成、ライセンス、証明書、KNX Secureの鍵

KNX Secureの鍵やプロジェクトのパスワードは、AIに渡さないでください。機器に付属するFDSK(Factory Default Setup Key)も同様です。KNX-MCPはセキュリティキーを返さない作りになっていますが、運用側でも「渡さない」を徹底します。また、AIクライアントがクラウドのサービスであれば、そのサービスの規約が適用されます。顧客のプロジェクトを扱う前に、どこまでの情報が外に出るのかを確認してください。

2. 製品固有のパラメータ設計

アプリケーションプログラムのパラメータは機種ごとに構造が違います。誤設定は現場の事故に直結します。AIによる自動設定は、現時点で実用段階にありません。

3. バスへのダウンロードと現地試運転

実機に即座に影響します。人間がETSで行ってください。nickol-knx-mcpのようにバスへ接続しない設計のツールを選ぶ、というのも一つの考え方です。

4. 変更の最終レビュー

AIが生成した差分は、人間が見てから保存します。

そして、作業前のバックアップ。 ETS 6.4のAuto Backup to Archiveで、プロジェクトを閉じるたびにアーカイブへバージョンが残ります。AIに作業させる前に一度閉じて、戻れる点を作っておいてください。

なお、.knxprojは署名付きのファイルです。非公式な手段で直接書き換えようとすると、証明書まわりで行き詰まります。書き込みは公式のETS SDK/Add-In APIを使うETS App経由が安全です。

スマートライトの見解

KAI BuilderとSmart Linkingが正式に出れば、「平面図を渡すと初期構造とリンクの案が返ってくる」のが標準の手順になります。そのとき価値が残るのは、提案を評価して直せる人です。GA体系の良し悪し、DPTの選択、ステータスの取り方を判断できなければ、AIの出力が正しいかどうかも分かりません。AIがあればETSの経験が不要になる、という話ではありません。逆に、判断できる人の生産性だけが跳ね上がります。

当社はKNXとDALIを主力とするシステムインテグレーターとして、ここで紹介したツールの検証と、AIを前提にしたETSプロジェクトの作り方の整備を進めています。GA体系の標準化、命名規則、検査項目の定義といった「AIに渡す前の土台」のご相談も承っています。


出典